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東京地方裁判所 平成7年(ワ)13508号 判決 1996年10月28日

主文

一  別紙物件目録記載の建物の賃料は、平成六年一二月一日から月二三四九万二八七三円であることを確認する。

二  被告は、原告に対し、六九六七万四八六〇円及び別紙計算表のとおり内金三四五三万四四〇九円に対する平成八年二月一〇日から支払済みまで年一割の割合による金員、内金三四五三万四四〇九円に対しては、各四九三万三四八七円に対する平成八年二月から同年八月までの毎月二六日からいずれも支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

五  この判決は、二項に限り仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  別紙物件目録記載の建物の賃料は、平成六年一二月一日以降月金一三〇六万〇七六〇円であることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金五億二五五〇万三五二〇円を支払え。

三  被告は、原告に対し、六九九一万三四八〇円及び内各金九九八万七六四〇円に対する平成六年一一月から平成七年六月までの毎月二六日から各支払済みまで年一割による金員を支払え。

四  被告は、原告に対し、二一五一万八四〇〇円及び内各金一五三六万五六〇〇円に対する平成七年七月から平成八年八月までの毎月二六日から各支払済みに至るまで年一割の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、建物の賃借人である原告が、賃貸人である被告に対し、建物賃料の減額を請求し、その賃料の確認と差額賃料の返還を求めるとともに、右減額賃料及び現行相場に基づいて算定されるべき預託保証金と支払済みの預託保証金との差額の返還を求めた事件である。

一  前提となる事実

1 原告は、不動産の売買、賃貸及び管理を目的とする会社であり、被告は、不動産の賃貸、管理を目的とする会社である。

2 賃貸借契約

原告と嘉悦テル、嘉悦李、嘉悦清、嘉悦久、三股啓子(以下「旧賃貸人」という)は、平成三年四月一二日、左記の要旨の事務所賃貸借契約を締結し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)を貸し渡した。

(一) 賃料 月額二八四二万六三六〇円 (一坪当たり三万七〇〇〇円) 毎月二五日限り翌月分支払

(二) 保証金 金六億八二二三万二六四〇円 (一坪当たり八八万八〇〇〇円)

(三) 期間 平成四年三月三一日から一〇年間

なお、本件賃貸借契約では、賃借人である原告が、本件建物を第三者に転貸することを目的としている、いわゆるサブリース契約である。

3 賃貸人の変更

平成四年三月二三日、旧賃貸人、被告及び原告は、右2項の賃貸借契約における賃貸人の地位を旧賃貸人から被告に譲渡し、その地位の承継に伴い、旧賃貸人の一切の権利義務を被告が承継すること、賃貸期間を平成四年四月一日から一〇年間に変更することに合意した。

4 賃料の一時減額措置

原告は、本件建物の入居者が少なかったため、被告との間で、賃料を一時的に減額することを協議し、平成五年二月一日、次のとおり合意した。

(一) 賃料が一坪あたり三万七〇〇〇円であるところ、<1>転貸テナント未契約部分は一坪あたり三万二〇〇〇円、<2>転貸テナント契約成立部分は一坪あたり三万四〇〇〇円とする。(<1><2>の区分はテナントに対する賃料請求権発生時を基準とする。)。

(二) この措置は平成五年二月分以降平成七年三月分までの間の暫定的措置とする。

(三) 賃料改定時を一年延期し、改定賃料の基礎は一坪あたり三万七〇〇〇円とする。ただし、具体的改定賃料額は、経済事情を勘案して協議する。

5 減額の通知

原告は、平成六年一〇月一四日発信の文書で、賃料を月額一坪あたり一万七〇〇〇円に減額する旨の通知をし、そのころ到達した。

6 調停及び調停中の暫定的合意

原告は、平成六年一一月八日、調停を申し立て、平成七年三月二四日、原告と被告は、平成六年一二月分の賃料から調停期間中に限り、暫定的に月額二三〇四万八四〇〇円(一坪あたり三万円)とすることを合意し、原告は、調停が不調となった平成七年六月二七日までの間、平成七年七月分までの右暫定賃料を支払った。

7 調停不調後の賃料の支払

原告は、調停が不調になってからは、平成七年七月二五日から同年八月分以降の賃料として、毎月一三〇六万〇七六〇円を支払っていたが、被告から、原告に対する平成七年八月分以降の約定賃料月額二八四二万六三六〇円と右支払額月額一三〇六万〇七六〇円との差額賃料(月額一五三六万五六〇〇円)を求めて提訴され、これを認める判決が言い渡されたため、平成八年二月九日、平成八年二月分までの右差額賃料及び遅延損害金を支払い、その後、平成八年三月分からは、毎月前月二五日までに、約定賃料である二八四二万五三六〇円を支払っている。

二  争点

1 借地借家法三二条の適用の有無

(被告の主張)

本件賃貸借契約は、転貸条件付一括賃貸借契約(いわゆるサブリース契約)であり、右契約では、土地所有者が、所有地に賃貸用オフィスビルを建設し、原告が、そのビルを一括賃借し、原告は、テナントの入居状況にかかわらず、原告がビル竣工時から賃貸期間(一〇年間)の満了までの賃料を保証するものであった。

したがって、その契約上、当然借地借家法三二条の適用を必然的に排除することが予定されている。

(原告の主張)

サブリース契約に対しても、借地借家法の適用を否定する理由はなく、同法三二条の適用がある。

2 借地借家法三二条の適用があるとして、本件建物の適正賃料

3 賃料減額が認められた場合に、預託保証金の返還を求めることができるか否か

(原告の主張)

賃料減額が認められた場合、預託保証金は保証金の現行相場である新規賃料の一二か月分である金一億五六七二万九一二〇円に減額されるべきであり、被告は、原告に対し、預託済みの六億八二二三万二六四〇円との差額である金五億二五五〇万三五二〇円を返還すべきである。

第三  争点に対する判断

一  借地借家法三二条の適用の有無について

本件賃貸借契約は、被告から本件建物を貸借した原告が、第三者に転貸することを目的としたいわゆるサブリース契約であり、原告は、一〇年間一括賃借すること、賃料を支払開始時期から二年毎に六パーセント増額することが約されている。但し、大幅な経済変動があった場合は協議のうえ増加率を決定することとなっている。)。右増額特約の趣旨に照らすと、減額を想定しているとは考えられず、その意味で最低賃料を保証した結果となっているといえる。

しかし、右契約は、賃料を対価として建物の使用収益をさせることを目的としており、その本質は賃貸借といわざるを得ず、借地借家法三二条の適用がないとする理由はない。したがって、賃料の増額特約の存在にかかわらず、賃料が不相当になれば減額を請求することができると解すべきである。

本件が一〇年間一括賃借や賃料増額の特約を含むサブリース契約であることについては、適正賃料の算定にあたって考慮されるに過ぎないと考える。

二  平成六年一二月一日当時の本件建物の適正賃料について

1 鑑定結果について

本件鑑定は、差額配分法、利回り法、スライド法を適用して、次のとおり鑑定評価を行っており、賃貸事例比較法については、適格な賃貸事例収集が困難であるとしてこれを採用しなかった。

(一) 差額配分法による算定

積算法により求められた新規賃料(対象不動産の経済的価値に即応した実質賃料)は月額一五二五万四三一一円(一平方メートルあたり六〇〇六円)であり、賃貸事例比較法により求められた新規賃料は月額一三四八万六一七九円(一平方メートルあたり五三一〇円)であり、これを一対四の割合で調整した結果、新規賃料は、実質賃料としては月額一三八三万六六六七円(一平方メートルあたり五四四八円)と算出した。これと現行賃料の実質賃料(現行賃料)との差額について、本件賃貸借に増額特約が存することを考慮に入れ、賃貸人に対する配分率を四分の一とし、差額配分法による適正な実質賃料を月額二六六九万五五二二円(一平方メートルあたり一〇五一一円)と算定した。

(二) 利回り法による算定

契約時点における継続賃料利回り(実質賃料から必要経費を控除して得られた純賃料の、対象不動産の基礎価格に対する比率)は、三・八八パーセントであるが、対象不動産の基礎価格が急激に下落したような場合は、純賃料利回り自体が変動することがあるとし、本件建物の転貸賃料の下落率を参考に修正し、本件賃貸借契約の継続賃料利回りを八・五一パーセントと算出し、基準時における対象不動産の基礎価格に右利回りを乗じたもの(純賃料)に必要経費を加算した結果、利回り法による適正な実質賃料として月額二五三四万七六一六円(一平方メートルあたり九九八〇円)と算定した。

(三) スライド法による算定

従前賃料を定めた時点から基準時までの消費者物価指数の変動率一・〇四四、オフィス賃料の変動率〇・四〇三、新規の事務所ビル供給に要するコストの変動率〇・六三四を五対四対一の割合で加重平均して変動率として〇・七四七を算出し、従前の純賃料に右変動率を乗じたもの(基準時における純賃料)に必要経費を加算した結果、スライド法による適正な実質賃料として月額二四二九万三一四四円(一平方メートルあたり九五六五円)と算定した。

(四) 適正継続支払賃料の算定

そのうえで、対象不動産の価格の変動、賃貸借の推移をよく反映する差額配分法による賃料を重視し、以上の賃料に六対三対一の割合で加重平均した結果、基準時における適正な実質賃料として月額二六〇五万〇四二一円(一平方メートル一〇二五七円)、適正な支払賃料として月額二三四九万二八七三円(一平方メートル九二五〇円)を算定した。

右鑑定の評価の手法等について特に不合理な点は認められず、右金額をもって、平成六年一二月一日における本件建物の適正な継続支払賃料と認めることができる。

2 なお、原告は、本件鑑定の結果について、本件賃貸借契約における増額特約を前提としているとして非難する。

本件鑑定では、<1>増額特約が有効である場合(借地借家法三二条の適用がない場合)と、<2>特約の存在を前提とするが、賃料を改定することが相当である場合と、<3>特約が不存在または無効である場合とに分けており、前記適正継続支払賃料は右<2>を前提として算定されたものである。<2>については、増額特約は無効であるが、特約の締結自体をその算定に考慮したものと理解され、そのこと自体に不合理な点は認められない(なお、その意味で<3>に、増額特約が不存在である場合のほか無効である場合も挙げたのは表現として不適切であるし、その算定の内容も継続賃料を算定したものとは認めにくい。しかし、本件では<3>の場合の算定については採用しないし、結論にも影響しない。)。また、その考慮の程度や方法についても特に不合理とは認められない。

むしろ、本件がサブリース契約であり、賃料増額の特約を締結している事実を考慮して、適正な継続賃料の算定にあたり、前述した限度で考慮することは合理的と考えられる。

3 なお、被告は、平成五年二月一日、前記のとおり、減額措置の合意を行ったのであるが、原告が賃料減額の開始時点として主張する平成六年一二月一日との間において、ビル市況及び近隣の賃料相場に大きな変動はなかったのであるから、右平成六年一二月一日においても、右合意が維持されるべきであると主張する。

しかし、覚書によると、右合意は暫定的な措置に過ぎず、本件賃貸借契約締結時である平成三年四月一二日からの経済事情の変更を考慮すべきであり、本件鑑定の結果に基づく減額を認めることの障害となるものではない。

三  差額賃料の精算について

原告は、平成六年一二月分から平成七年七月分までの賃料について、月額二三〇四万八四〇〇円を支払っているが、適正賃料を下回っているので、右の支払について返還請求権は発生しない。

原告は、平成七年八月分から平成八年二月分までの既払賃料と約定賃料との差額及び年六分の割合による遅延損害金を平成八年二月九日に支払い、その後、口頭弁論終結時である平成八年九月二日まで、毎月二五日までに翌月分の約定賃料を支払っている(当事者間に争いがない)。

そうすると、別紙計算表のとおり、被告は、原告に対し、受領した約定賃料と適正賃料との差額合計六九〇六万八八一八円を返還するとともに、平成八年二月九日に受領したもの(1ないし7)については右差額に対する平成八年二月一〇日から支払済みまで年一割の割合による利息及び平成八年二月九日に原告が支払った年六分の遅延損害金のうち右差額分に相応する遅延損害金合計六〇万六〇四二円を不当利得として返還すべきであり(原告の平成八年二月九日以前の年一割の利息を求める請求については、その間の支払がない以上、遅延損害金を付して支払ったとしても年一割の利息は発生しないと解すべきである。)、平成八年二月一〇日以降に受領したもの(8ないし14)については、右差額に対する受領した日の翌日から各支払済みまで年一割の割合による利息を支払うべきである。

四  預託保証金の返還について

たしかに、預託保証金は、通常、賃料を重要な要素として定められることが多い。しかし、借地借家法三二条による賃料の増額や減額が認められたからといって、当然に預託保証金を増額したり、減額すべきであるとは考えられない。もっとも、本件鑑定によって得られた適正な継続支払賃料は、適正な継続実質賃料を算定したうえ、右預託保証金による運用益を控除して求められている。預託保証金が賃料に比較して高額になったとしても、右の限度で反映されるに過ぎないと解すべきである。

(裁判官 山田陽三)

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